今の世の中に大義はない
- 原口隆嗣
- 2020年5月9日
- 読了時間: 2分
こんにちは、原口です。
前職場を辞めてから、色々な人と接しながら今まで見たことのない世界。
そして、感じたことのない価値観と触れ合うことばかりで刺激的な毎日を送っています。
自分とは違う世界で生きてきた人と触れ合う中で、自分の中の柱が改めて築きつつもあります。
自分にとって何が大切なことなのか。
自分にとっての優先順位はなんなのか。
今一度考えさせられる毎日です。
きっとまだまだ完成しきっていない柱ではあるけれど、現段階で感じたことを
今日は徒然なるままに書いていこうと思います。
外の世界に出てみて、技術的に素晴らしい人、マーケティング力の優れている人、コンテンツ力のある人、などなど色々な人に出会うのですが
なかなか「こんな人になりたいな」と思える人が少ないです。
集客力・フォロワー・収入…etc
そんな言葉に振り回されてばかりで、何かもっと根本の大事なものを見失っているような気がして。
そんなある日に、大河ドラマを観ていて、ふと気付かされました。
「世の中には大義がない」
フォロワーがどうのこうの。
稼ぎがどうのこうの。
そんな会話の中に、「大義」が全くないような気がしたのです。
なぜ、自分はこの仕事を始めたのか、選んだのか。
生きていくこと。
食べていくことは、もちろん大事ではあるけれど。
なぜ、自分はこの仕事を続けているのか。
それを見失ってしまったら、いけないような気がしています。
○○をしたら儲けられる。
○○をしたらフォロワーが増える。
そんな言葉が溢れかえってる今の世の中。
それでいったい何がしたのか…
自分の大義の先に、結果が伴うのであって。
大義のない結果は、何があるのだろうかと。。。
自分に嘘をつき、お客様に嘘をつき、稼いだり。
SNS上の数字にばかり目が行き、大事なものを見失う。
ずっと働いていた人が、現役を引退すると精神的に急に衰えるという話がある。
それは、誰かから求められることがなくなると活力がなくなるかららしい
人は誰かから求められることで生きる糧になっていると思うのです。
その大事なことを見失ってしまったら、生きる意味はどこに行ってしまうのだろうと…
戦国時代の武将達も、戦を始める前に大義の在るところを見定め
大義をかざして戦ってました。
それは数百年経った今も変わらず、そうあるべきなのでは…と思うのでした。
思いつくままに書いたので、拙い
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